職人 田中靖洋
当年29歳。
悪性の脳腫瘍の為、闘病虚しくして
2011年5月27日深夜に
逝去した彼との思い出をここに記す。


彼との出会いは、
2005年4月13日に送られてきた
一通のメールだった。


ご担当者様

はじめまして。
突然のメール、失礼致します。
私は大阪府堺市在住の田中靖洋という者です。
私は現在23歳で、家具職人になりたいと思い、
いろいろ工房等を探しているのですが、
家具製作未経験者が入れるところがなかなかありません。
学校も考えたのですが、
やはり現場での経験の方が、
学校より何倍も勉強になると思いました。

そこで、失礼なのは承知ですが、貴組合の組合員の方の中で、
未経験者を働かせて頂けるところをご存じでしたら、
ぜひ紹介して頂きたいのです。
本来ならば、自分の力で探すべきなのですが、少しでも可能性が広がるならばと思い、
メールを送らせて頂きました。
中途半端な気持ちではありません。
本気で家具職人になりたいと思っています。

お忙しいところ、大変申し訳ございませんが、
どうぞよろしくお願い致します。

                                  田中靖洋


当時、家具組合のホームページのメールアドレスに届いたメールだった。
家具組合でホームページの管理を担当していたのが、私だった。
ちょうどそのとき、私の工房で働いていた若者が出社拒否状態となり、
こちらもほとほと困っていた。
そんなこともあって、この田中君をアルバイトに誘ってみたのだった。


創作家具工房 トラダ工芸
代表 乕田泰三様

早速のお返事ありがとうございます。
どのような家具かと言いますと、収納家具から机、
椅子と全般に扱えるようになりたいと思っています。

貴社の紹介ページを拝見させて頂きました。
とても興味がありますので、
ぜひアルバイトとして貴社で働きたいと思っております。
その際は、まずどのようにすればよろしいでしょうか。
いつからでもいけます。
詳細を教えて頂けますでしょうか。

よろしくお願い致します。

                   田中靖洋


約1ヶ月のアルバイトだったが、なかなか性根が座っていたので、
組合内の企業への紹介を問うてみた。
当工房に残っては欲しい人材と思えたが、
保険や社会保障等が充実した企業の方が本人も望んでいると思ったからだ。
意外にも、彼は当工房に残る事を希望した。
温厚な性格で、やる気も人一倍で筋もいい。
めきめきと腕を上げて、5年が経つ頃には立派な職人と呼べる人材となっていた。

不思議だが、彼との思い出を振り返るに、あまり印象に残っていることが少ない。
それは、全くといってよいほど、彼と揉め事が無かったからだと思う。
しいて言えば、彼の長女出産のときだろうか。
立会い分娩を希望したのは良いが、奥さんの里は大分。
初産と言うこともあり、産気づいては納まりの繰り返しが結構な期間続き、
思わぬ長期休暇となってしまったことは、笑い話として印象に残っている。


積み木

積み木

愛娘のために、仕事の合い間に作った、
手作りの積み木。
確か姪っ子の分と2セット作っていたと記憶しているが、なんとなくしっくりきていて、思わず量産してネットのオークションにでも出そうかと話が弾んだっけ。

流し台の隙間に置くテーブル

未完成

自宅の流し台のスキ間に置く台を制作。
TOPはモザイクタイルを考えていたようだった。
ネットで気に入ったモザイクタイルがあったものの、何故かサイトの関係で購入できず、工場の隅に置かれたままだった。
一度、ホームセンターで、それらしいタイルを見つけたが、予算の関係で二の足を踏んでいるようだった。
危篤状態となったときに、慌ててタイルを購入し仕上た。
本人の意向を聞く事は出来なかったが、これで気に入ったかどうか・・・。